デメ子 旅の空の下

母について

私の実家は新潟の田舎にあり、両親は今2人でそこに住んでいる。
せっかく子どもを4人も生んだのに、田舎の気質に合わなかったのか全員が故郷を遠く離れ、夫婦2人だけの生活はもう20年近くたった。
そんな親不孝な子どもをもった両親を不憫に思うこともある。

今回は母の話に限定したい。
母は東京の下町育ち。
東京大空襲の時は3歳だったそうで、祖父に抱かれて逃げる途中赤い空を見た記憶があるらしい。歌うことと絵を描くことが好き。高校卒業後は一時服飾の専門学校に行っていた時期もあるらしい。
そんな母が新潟に嫁ぎ、様々な苦労をしたことは想像に難くない。
なんせ田舎。電車を一本逃すと数時間待ち。方言もきつい。店も少ない。
何より誰も知っている人がいない。
田舎というのはとても小さい社会で、どこかで誰かが親戚同士でつながっており、仲間同士の結束は強いがよその人間には警戒心がある。
辛い、これは辛い。私自身結婚して誰も知り合いがいない土地に来たが、状況が違いすぎる。

そんな母も子どもが生まれ育てることで生き甲斐のようなものを見いだして行ったようだ。以前、とても苦労はしたが4人の子どもに会えたことが幸せだったと話していた。

しかし、その子どもはどんどん家を巣立っていった。
私としては少しでも親孝行しなければという思いである。少なからずある罪悪感をなるべく軽くしたいとい気持ちもあると思う。

私が母と会える機会になるべくすることの1つに「カラオケ」がある。
実家の近くにはカラオケボックスは無く、実家以外の所で母に会えた時には行くようにしている。
前述の通り、母は歌うことが好きで家事の最中もよく鼻唄を歌ったりしていた。しかし、思い切り歌える場というのがないらしい。
実家には知人からの頂き物という、カセット式の古いカラオケセットがあるが、歌ってご近所に聞こえるのは気が引ける。合唱クラブなんてものもない。カラオケボックスもない。
そこで同じく歌好きの私が、母と会える時にカラオケに行くのである。

行くと大抵歌うのが倍賞智恵子の「下町の太陽」と西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」。あと越路吹雪も歌う。毎回なかなか上手く歌えず練習するのが美空ひばりの「川の流れのように」。
最初はタッチパネル式のリモコンに慣れず、毎回私が入力していたが、何回か失敗しつつもそのうち「年代別選曲」を自分で出せるようになったりしていた。
母は結構歌が上手い。
ただ時々テンポが遅れたりするので、私が一生懸命指揮者のマネをしてタイミングを教えようとするのだが、その姿がまたおかしいらしく、吹き出して歌えなくなっていた。

前回行ったときは、めずらしく「コーヒールンバ」を歌い、あくまで母の領域でだがノリノリになっていた。
あと「椰子の実」(唱歌)を2人で合唱したり。気分は安田幸子・由紀さおり姉妹である。
今回はいつも歌わない曲を歌った!と帰りは満足げだった。

私はそんな母を見て「あー良かった」と思う反面「近くにいたらしょっちゅう連れて行けるのにな」と申し訳なく思う。離れているとよくて1年に1回くらいしか一緒に行けないのだ。
きっと親孝行は「これで十分」と思えるものではないのだろうけれど。

あさってから所用で実家に帰るので倍賞智恵子のCDをお土産で用意してみた。
今回はカラオケには行けないので、次回までにこれで練習してもらおうと思う。
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by demekonemuta | 2008-10-28 01:20 | いろんなネタでエッセー
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